✴ハウスの概要✴

ヒストリックハウス名:Treasurer’s House(トレジャラーズハウス)

所在地域:イギリス、ヨーク

古くは、ヨーク・ミンスターの宝物庫があった場所、ハウスは、フランク・グリーン氏のこだわりの結晶。

トレジャラーズ・ハウスは、1091年からヨーク・ミンスター(ヨーク大聖堂)のトレジャラー(会計・宝物責任者)のオフィス及び住居でした。トレジャラーは、宝物の管理に加えて、ミンスターの運営に関わる全ての会計を担当し、物品購入及び給金の支払、また重要なゲストを迎えておもてなしする役目も担当していました。

ハウスから臨むヨーク・ミンスター。

しかし、ヘンリー8世の教会破壊で、宝物は全て運び去られてしまい、トレジャラーという職も無くなったので、1547年に最後のトレジャラー、ウィリアム・クリフの文書「宝物は無くなったので、宝物庫もクローズする」に記された通り、オフィスはクローズされます。こののち、ヨークミンスターのトレジャラーという職位が復活するのは、380年以上後の1936年のことです。

その後、ヨーク・ミンスターの大司教トーマス・ヤングとその子孫が今の建物に改築し、1648年にまで住み、ヤング一族が売却したのち、17世紀~18世紀の間、多くの人の手に渡ります。天文学の世界ではよく知られるジョン・グッドリックは、1782年の冬の日、このハウスの窓から、アルゴル星の軌道を観察しました。

その後、ハウスは少なくとも5つに分割され、場当たり的な改修・修理が時折されながら、分割された所有者の子孫に受け継がれ、落ちぶれたジェントリーが住む荒廃した家、という様相になっていきました。1897年に区画の一つがオークションにだされ、資産家のフランク・グリーン(1861-1954)が購入します。グリーンは、他の分割された部分も6か月のうちに、全て買取り、ハウス全体のオーナーとなりました。

祖父のエドワード・グリーンは、“グリーンの燃料エコノマイザー”(蒸気機関の熱をリサイクルする装置)を開発し大成功を納めていました。父エドワード(1831-1923)は、その成功と資産を引き継ぎ、また王家への戦略的な接近で、男爵に叙爵されるまでになりました。フランクの兄、リセットが男爵の跡継ぎとして狩猟や王族・貴族との社交で人生を送る一方、フランクは会社の事業を引き継ぎます。フランクは事業に取り組む一方で、アンティーク家具や美術品の買い付けに熱心でした。

フランクは生涯、結婚せず、その結果、ハウスはファミリーホームとして心地よい場所をめざすのではなく、彼が収集するアンティークの家具や美術品を正しい形で置く場所として整えられていくことになります。

トレジャラーズ・ハウスの購入後は、建築家テンプル・ムーアとともにハウスの改修を行い、彼の収集したアンティーク家具に合わせて、時代ごと、テーマごとに部屋を改修・装飾し、「チューダー・ドレッシングルーム」、「クイーン・アン・ドローイングルーム」、「ジョージアン・ベッドルーム」、「ウィリアム&メアリー階段」、「チッペンデール・ベッドルーム」、「ヴァンブラ・ルーム」など、部屋の時代や様式を表す名前をつけています。

フランクは、ハウスのガイドブックを1906年、1908年、1910年に自ら執筆しています。二年ごとに改訂するあたり、ハウスへの強いこだわりが感じられます。

フランクは、家具を置く位置も入念に考え、各家具を置く位置に鋲をうち、そこから絶対に動かすことのないように、譲渡先のナショナル・トラストに厳命しています。(後述、フランクの独り言をご一読ください。)

フランクは、老いても会社の経営にかかわり続けますが、それが一族の一部の反感をかい、ライバル会社の設立となるなど、難しい老後となりました。フランクは1930年にハウスの中身を含む全てをナショナル・トラストに譲渡し、サマセットへ引っ越しました。トレジャラーズ・ハウスはハウスの中にあるもの全てをハウスと共に譲渡する、ナショナル・トラストの最初のケースとなりました。

✴ダリアの訪問✴

少し肌寒いヨーク。4月、曇天の朝。トレジャラーズ・ハウスは11時オープンなのですが、10分前に到着。ヨーク・ミンスターのすぐ隣、ミンスターの一部といっていいほど近い場所です。じっと待っていると、電動カートにのったマダムと杖をついた男性がやってきて、入り口には段差があるので、電動カートで入れる入口は、どこかな~と探していました。

入口には、素敵な鉄のアーチがあります。夜、キャンドルが灯っている入口を見てみたい。

ウェスト・シッティングルームのギリシャ神話のレダとスワンの像が彫られた暖炉。グリーンの壁とのコントラストが美しい。

ウェスト・シッティングルームの奥には、クロゼット(小さい部屋)があります。象牙製のチェス・テーブルが置いてありました。

ホールは、中世のグレート・ホールをイメージして造られました。

中世風にするために、ハーフティンバーのような内装にしています。

ダイニングルームの天井の見事な石膏飾り。

ダイニングルームの宮殿のような暖炉。絵画は、埋め込まれています。

ブルードローイング・ルーム、ピーコックブルーの壁が美しい。

クイーンズ・ルーム、アレクサンドラ王妃(エドワード7世の妻)が1900年に滞在されました。

プリンセス・ビクトリア・ルーム、エドワード7世とアレクサンドラ王妃の娘、ビクトリアは難聴のアレクサンドラ王妃のアシスタントとして、常に王妃に付き添っていました。生涯未婚で、未婚のプリンセスの紋章(ひし形)がついています。

キングス・ルーム、エドワード7世が皇太子時代1900年に滞在しました。

ハウスの前は、一段さがったサンクン・ガーデンになっています。

フランクが、絶対にこの位置から家具を動かすな、と厳命して、置き場所に鋲を打ったことに、少し羨ましさを感じます。こだわりをもっても、なかなかそれを他の人に徹底してもらえないことで、いら立ちを感じるのは、みな同じと思います。でもフランクは、それを生きている間だけでなく、死後も確実に実行しているのですから。

フランクは大変なおしゃれさんで、いつもきっちりと身なりをととのえ、シルクのボウタイやマントをまとっていたとのこと。とても美意識が高く、自分だけでなく、自分をとりまく環境も美しく整っていないと許せなかったのでしょう。

結婚はしなかったものの、社交的でトレジャラーズ・ハウスでも、たびたび大パーティを開いて、とても豪華なおもてなしだったとのこと。“ケチケチしない”ことも彼の美意識の高さの現れだったのでしょう。

私が好きなのは、タペストリー・ドレッシングルーム。このタペストリーは、改修中、壁の中から発掘されたそうです。色が鮮やかで、まるでそこにお庭があるような、迫力あるタペストリーでした。そして手前に置かれているのは、“ラブシート”(1730年製)と呼ばれる椅子。イギリス製ですべて手仕事の刺繍です。こんな椅子にドレス姿で座るなんて!

大きくはない家に、1人のエドワーディアンのこだわりが、びっしりと詰まった家、トレジャラーズ・ハウス。フランクは絶対にゴーストになって、見回りをしていると思います。

✴フランクの独り言✴

(1927年の独り言、フランク66歳、トレジャラーズ・ハウスにて)

ふっ、いま思い出しても、王(ジョージ5世、在位1910-1936)がわが社を訪問してくださったときのことを思い出すと、胸がすっきりするな。

王が、わが社のエコノマイザーの排気部分を指して、「ここから何がでてくるのか?」というから、「陛下、狩猟とシャンペンでございます。」と答えてやった。

ハハハ・・・あんな返しができるのは、わしぐらいだ。ロイヤルファミリーは、さんざん我が家のカントリーハウス(王家のサンドリンガムハウスの隣にあるケンヒル)に来ては、狩猟を楽しんでいたからな。王族が我が家のカントリーハウスで、思うままに贅沢に過ごせたのも、じいさん(祖父エドワード)のエコノマイザーの成功があったおかげだと、おしえてやらんと。

ロイヤルファミリーを接待しつづけたばかりか、兄貴は賭博事件(1890年ロイヤル・バカラスキャンダル)にまで巻き込まれて。まあ、兄貴が正義感から賭博のズルを告発したのだが。兄貴はロイヤルファミリーにお近づきになることばっかり考えて、ろくに仕事はしなかったな。

ま、私のほうが、会社経営やビジネスには向いていたから、そのほうが、よかったともいえるが。

この家を手に入れてから、はや30年。トレジャラーズも、立派になったものよ。買ったときは、スラム街みたいになっていたからなあ。しかし、ヨーク・ミンスターのトレジャラーがいた由緒ある土地、そのまま荒廃させてしまうのは、あまりにももったいなかった。

ウェスト・シッティングルームや、ダイニングルームの暖炉の石細工、ホール、階段、細部までこだわったこの内装、すばらしい・・・。そして内装とぴったり時代があっている家具、タペストリーや陶磁器・・・、これだけのコーディネーションを揃えるには、いろいろ苦労もあった。部屋ごとが、後世に伝えるべき芸術的遺産に仕上がり、満足といえる。

配置も大事だ。しかし、人の記憶なんてあやふやなものだ、しっかりと後世に残すために、家具を置く場所に、鋲うちするのは、我ながらグッドアイデア。

ゆくゆくは、ナショナル・トラストに譲渡するつもりだが、そのときに、しっかり言っておくつもりだ。

絶対に鋲の位置を変えるな、家具の配置を変えるなと。私のこの強い意志があれば、ゴーストになって帰ってくるのもできそうだから、ゴーストとしてでるぞ、と厳しくはっきりと伝えて、震え上がらせてやろう。

さてと、そろそろ、キッチンを見回る時間だ。昨夜は、フォークが乱れて入っていたので、引き出しをひっくり返して警告してやった。今夜はそんなことがないとよいが。キッチンは徹底して清潔でなければ、いかん。それは常々言い渡しているが、ときに、キッチンメイドは気が緩むようだからな。

※歴史的史実をベースに創作したフィクションです。

参考資料:「Treasurer’s House」 National Trust