ヒストリックハウス名:Sandringham(サンドリンガム)

所在地域:イギリス、ノーフォーク

皇太子妃アレグザンドラが、自分に戻ったカントリーハウス

✴ダリアの訪問・一言感想✴

ロイヤルファミリーが、集まってクリスマスを過ごす部屋にも入って見学でき、その温かな雰囲気は、思わず人を笑顔にさせます。武器が展示されている廊下も迫力満点。

✴ダリアのインサイト✴

~皇太子妃アレグザンドラとサンドリンガム~

ヴィクトリア女王の長男エドワード(のちのエドワード7世)は、1862年にサンドリンガムを購入し、翌年1863年にデンマーク王女であったアレグザンドラ・オブ・デンマークと結婚しました。アレグザンドラは美女の誉れ高いプリンセスで、エドワードも一目みて気に入り、結婚する運びとなりました。しかし、エドワードは、1人の女性を大切にするタイプではなく、常に愛人を傍におき、しかも妻への十分な配慮をしない、思いやりにかける一面がありませした。

当時、イギリス王室は、ヴィクトリア女王を中心に回っていて、王太子妃であろうとも、アレグザンドラの存在感はもう一つ。ヴィクトリア女王には、9人もの子供があり、子供たちは、常に宮殿に出入りしており、プリンス、プリンセスたちには、王太子妃であろうとも、十分に敬意をもって接する必要があり、アレグサンドラは、宮廷では、いつも気が休まりませんでした。

アレグザンドラは、生まれつき難聴で、人々の会話に普通に参加することは、非常に疲れることでした。デンマーク出身のアレグザンドラですが、英語の教育をうけており英語に苦労はなかったものの、難聴であることもあり、人付き合いは、スムーズとはいえませんでした。また常に夫エドワードの愛人が社交界に堂々と出てくることも、彼女を社交から遠ざけました。

そんなアレグザンドラが、自分に返り、心からリラックスして過ごせるのが、サンドリンガムでした。サンドリンガムは、ノーフォークにあるため、ヴィクトリア女王がいるウィンザー、スコットランドのバルモラル、ワイト島にあるオズボーンハウスのいずれからも遠く、

女王およびその家族が、いきなりやってくる、という心配もありませんでした。また自分との結婚の直前にエドワードが購入していることから、“アレグザンドラのために購入したカントリーハウス”という周囲の理解もあり、“自分のエステイト(領地及び家)”という意識を自然にもつことができる唯一の場所だったのです。

アレグザンドラは、サンドリンガムで、ハウスの各部屋の内装を自分好みのエドワーディアンスタイルに仕上げていき、庭では大好きな動物や多くの種類の犬を飼育し、池のほとりに、小さな小屋をつくり、サンドリンガムでの生活を心豊かに快適に過ごせるように、自らの意志で世界を創っていきました。

アレグザンドラが育ったデンマーク王室は、ロイヤルファミリーとはいえ貧乏で家庭教師も雇えず両親が教育をしたほど困窮し、プリンセスとはいえ苦労がありました。そして、嫁いできたイギリス王室では、夫は愛人漬け、姑は絶対女王のヴィクトリア女王、そして女王の子供たちが煩雑に出入りし好き勝手にふるまい、決して居心地は、よくなかった。そんななかでも、自らが楽しめ、寛げる場所を、積極的に創り出し、後世のロイヤルファミリーたちがクリスマスに楽しい時間を過ごすことになる、サンドリンガムというエドワーディアンの時代を反映した心地よい館を、アレグザンドラは自ら創り、遺したのでした。

※史実に基づいた筆者の考察です。

参考資料:「Sandringham」Sandringham Estate