Baddesley Clinton バッズリー・クリントン:

ヒストリックハウス名:Baddesley Clinton(バッズリー・クリントン)

所在地域:イギリス、ウォーリックシャー

濠と建物の調和が美しい、中世で時が止まっているかのような館

✴ダリアの訪問・一言感想✴

ハウスも濠も、こじんまりしていますが、ゲートハウスの堅牢な佇まいが時代を語ります。ゲートハウスをくぐると、そこは、小さなコートヤード。フェラーズ家の紋章、7つのダイヤを象った植え込みがあります。

家の中にはいると、窓が少ないつくり。しかもその窓は中世式の小さなガラスを鉄枠でつなぎあわせたものがそのまま残っているので、一歩中に、入ると薄暗く、まるで中世の時代に迷い込んだようです。

公開されている部屋は多くはありませんが、インパクトがある場所がいくつか。

1階にあるカトリック教徒をかくまうための

地下につながる狭い階段は、覗き見るのを、子供は怖がるほど。エリザベス一世の時代、ここにカトリック神父を何人もかくまっていたとのことで、死と時代への恐怖がまだ残っているかのようです。

アトリエとして使われていた2階のグレートパーラーは、広い窓があり、さんさんと日差しがはいり、明るい雰囲気。ここでレベッカ(後述)は、死ぬ直前まで絵を描いていたそうです。

バッズリーは、堀と建物の調和が美しく、どの角度から見てもまるで絵画のようです。白鳥や鴨が、濠に躍動感を添えて、その美しさを現実に引き寄せている感じです。

10月末でとても寒い日だったのですが、天気はよく、ガーデンにはまだダリアなどの、お花が、

たくさん咲いていました。すぐ外に羊が放牧されていて、美しい花々と羊が、ミックスした風景です。訪れた日は、大雨のあとで、湖があるパークランドは、クローズされていました。

✴ダリアのインサイト✴

~プロポーズを勘違い・・・から生まれたバッズリーのカルテット~

チャタートン夫人ジョージアナ(1806-76)は、24歳年下の最初の夫の姪レベッカ(レベッカ・オルペンのちにレベッカ・フェラーズ1830-1923)を、小さな頃から娘のようにかわいがっていました。17歳でチャタートン卿と結婚したレベッカは、聡明で思慮深く、自分の考えをもった女性でした。ジョージアナは、ペンネームでいくつもの小説を書いて出版をしていましたが、それは生活のためではなく、自分の考えや世の中への提言を、表現する手段としてでした。

そんなレベッカにとって、やはり聡明で、知識欲があり、自分の意見をもつ女性に育ったレベッカは、唯一無二の親友でした。24歳年が離れていても、2人はとても気が合い、日常や社会についてのさまざまな、意見交換をすることは、2人の喜びでした。二人は、ビクトリア時代に登場する、新しい技術革新や、これまでになかった選挙権の拡大などの考え方には懐疑的で、17世紀の暮らしを守り続けることに、価値を見出していました。

ジョージアナは、49歳のときに17歳年上の最初の夫が死亡し、未亡人になります。作家活動仲間のサークルで、仲のよかったエドワード・ダーリング(1827-1892)は、その哲学的な思想と、情緒ある会話表現を魅力とする男性で、ジョージアナとレベッカは、よくエドワードと午後のひと時を楽しんでいました。

エドワードは、才気活発で美しいレベッカに、密かにに思いを寄せ、ある日、ジョージアナに相談します。ジョージアナに、「実は、結婚のことを考えている・・・レベッカと」と話しかけたところ、難聴の傾向があったジョージアナは自分へのプロポーズと取り違え、「あなたの思いには、きづいていました。こんな私でよければ、おうけします。」ときっぱりと返事をしてしまいます。この時、ジョージアナ53歳、エドワード32歳、そしてレベッカは29歳。

エドワードは、あまりにきっぱりとしたジョージアナの返事とその眼差しに、しばし我を忘れてしまい、それをジョージアナは喜びの表現ととらえ、2人は結婚します。

レベッカは、1867年に、バッズリー・クリントンの第12代当主である、マーミオン・フェラーズ(1813-1884)と結婚、結婚2年後には、レベッカの提案で、ジョージアナとエドワードの夫婦をバッズリーに迎え入れ、4人の生活が始まります。この4人は共通して、懐古主義でした。17世紀の服装をし、絵を描き、小説を書き、詩を書き、本を読み、まるで17世紀であるかのようなライフスタイルで、日々を送ります。

ジョージアナとエドワードは、貧困にあったわけではなく、むしろエドワードの経済的援助で、バッズリーを補修し、新しい使用人棟を増築します。この二人の存在は、マーミオンにとっては、とても有難いものだったのです。

ジョージアナは、1876年に70歳で死亡、マーミオンは1884年に71歳で死亡。残されたレベッカとエドワードは、マーミオンの死亡翌年に結婚します。レベッカ55歳、エドワード58歳でした。

エドワードは、結婚の7年後にバッズリーにおいて、65歳で死亡、その後、ビクトリア時代から、エドワード7世の時代に変わり、第一次世界大戦という激変する時代をレベッカは、ほんの少数の使用人とともに、一人でバッズリーで生き抜き、1923年に93歳でバッズリーで死亡します。

カルテットの4人は、みなバッズリーをこよなく愛し、そこにある「オールド・イングリッシュ」をできるだけそのままで、なにも変えずに時を紡いでいました。そして、そこで自分たちも息を引き取り、歴史のひとこまとなったのでした。

※史実に基づいた筆者の考察です。

参考資料:「Baddesley Clinton」National Trust