ヒストリックハウス名:Chastleton House and Garden(チャッスルトン)

所在地域:イギリス、オックスフォードシャー

貧しさは、家をそのまま保存する。

✴ダリアの訪問・一言感想✴

この廃屋がもしや・・・と思ったらチャッスルトンでした。午後1時からの開館より少し早く着いたので、ハウス周辺には、まだ誰もいなく、風雪に耐えてきました・・・というその外観はまるで廃屋だったのです。成功した毛織物商人ウォルター・ジョーンズ(1550-1632)が、1607年から建てたハウス、そのときの佇まいのまま、そこにあるのです。

ウォルターの一族の子孫が1991年にハウスを売却するまで、実に400年近く、一族はここに住み続けていたのでした。

開館時間となり、ハウスにはいると・・・寒い日だったので、暖炉に火をいれるところでした。17世紀に建てられてから、ほとんどそのまま残っているグレートホール、入り口のパネリング。

小ぶりの鹿の角には、ボディが描かれていて、遊び心がうかがえます。

このハウスの中で、最も私の好みだったホワイト・パーラー。

天井の石膏飾りが美しい、グレート・パーラー。

グレート・チェンバーは、最も格式の高かった部屋のようで、この家を建てたウォルター・ジョーンズの紋章が立派に飾られた暖炉が真ん中にあります。

ロング・ギャラリー、天井の石膏飾りが豪華。ビクトリア時代は、ここでパーティーがよく開かれていたそうです。

このハウスとセットになっていた領地は、これまでに全て売却してしまい、ハウスのガーデンも、こじんまりしたものでした。大雨のあとで、入れるところが制限されていたガーデンは、全体的に雑草がぼうぼうといった野趣あふれる趣で、荒廃したハウスにガーデンも合わせているかのようです。

コッツウォルズの奥地にひっそりと建つハウス。廃屋のようでも、正面から見るとその建築は、きっちりと左右対称のシンメトリーで、建てられた時の建築美は、まだ、そのまま、そこにありました。

✴ダリアのインサイト✴

~アイリーンのドラマティック・ハウスツアー~

アイリーン(Irene Whitmore Jones 1870-1955)は知っていました。この家を訪れる観光客が何を求めているかを。

アイリーンと夫のトーマス(Thomas Whitmore Harris 1864-1917)は、このハウスを17世紀初頭に建てたウォルター・ジョーンズ(1550-1632)一族の子孫で、いとこ同士の結婚でした。ウォルターの子孫は、チャッスルトンに住み続けたものの、ウォルターほど成功する人物はおらず、一族は、どの世代も身分相応の生活を送るのが精いっぱいで、家の増築は勿論のこと、改築や改装をするだけの財力をもった世代がありませんでした。

それゆえ、ハウスは建築当初の外装、内装のままなのです。

アイリーンとトーマスは、直系子孫ではなく、傍系相続で、予期せぬ相続、といった感じで、

チャッスルトンの当主となりました。二人の時代には、若干の借地収入はあったものの、豊かな生活を送るのには程遠い状況で、それはトーマスが死ぬまで変わりませんでした。

トーマスの死後、未亡人となった66歳のアイリーンは、ハウスを公開することを思い立ち、一念発起、リーフレットを自分で作成し、町のパブやホテルに自ら頼んで置いてもらい、広報宣伝に勤しみます。

車で移動する人が多くなったその頃、“観光”はブームになりつつあり、イギリス国内はもとより米国やヨーロッパからも、コッツウォルズを訪れる観光客が増え、彼らがアイリーンのターゲットでした。

アイリーンは、中世風の黒い地味なドレスを着て、玄関ホールで常にスタンバイし、窓から外を見つめていました。そして、車がハウスの前に泊まると、さも、偶然に気付きましたというように、ドアをあけて、「あら、よかったらお入りになりますか・・・」と声をかけるのでした。

アイリーンは、控えめな口調で、「私たちの一族は、300年以上ここで暮らしていますが・・・戦争で財産を随分と減らしてしまったのです・・・」と語りはじめます。観光客は、戦争といえば第一次世界大戦のことと思うのですが、アイリーンは、そこで「戦争というのは、

清教徒革命の戦争(Civil War)なのですが・・・」と続け、観光客は、苦笑するのでした。

チャッスルトンが建つ前にあったマナーハウスは、カトリック教徒ロバート・ケイツビーの家でした。「ケイツビーは、ガイ・フォークスと共に、ジェームス1世を暗殺する爆破計画に関わった人物だったのですよ・・・」この話をすると、観光客は、とても感慨深そうに、皆うなずきます。そのうなずきが、アイリーンは、好きでした。

アイリーンは、一族の生き証人として、人々にハウスを語り、ハウスを見せ、そんな日々が続くうちに、まるで自分は、このハウスガイドをするために、生まれてきたように思えてくるのでした。自分は、ウォルター・ジョーンズからこの世に、送り込まれたのではないかと。

カントリーハウスとして大きくはないけれど、一人で住むのには大きすぎるチャッスルトン。でも、どの部屋にいても、一人でいる気がしない、すぐそこに、この家に住んだ先祖たちの息遣いが聞こえ、おしゃべりが聞こえるような、いつもそんな気がするのです。アイリーンもまた、そして、自分もいつかこの家の一部となることに、疑いのかけらも、もたないのでした。

※史実に基づいた筆者の考察です。

参考資料:「Chastleton House and Garden」National Trust