ヒストリックハウス名:Kirby Hall (カービーホール)
所在地域:イギリス、ノーザンプトンシャー
破壊も火事もなく、ただ朽ちて、なお美しい廃墟

✴ダリアの訪問・一言感想✴
気持ちよく晴れた10月中旬(2019)駐車場からハウスへ続く広い並木道には、敷き詰められた金色の落ち葉がまぶしい秋の風景。人影は見当たらず、私1人です。並木道から、ハウスの高いゲートの一部が臨め、とても立派なハウスであることがわかります。
エントランスを通ると、そこには、立派なゲートが。ゲートから前庭に入ると、さらに立派なハウスのゲートが現れました。威風堂々、16世紀、はじめて到着したゲストは、この立派な構えに感心したことでしょう。

ハウスゲート内部

ハウスは、内庭を囲んで建てられています。内庭から見るハウスの廃墟。

内庭からみるハウスゲート

ハウスゲートから見るステートアパートメント

ジェームズ1世が4度、滞在したステートアパートメントは、向かって右側で修復保存されています。向かって左側は、キッチンなどがあったサービス棟、こちらは屋根が落ちて廃墟。
ステートアパートメントのエントランス

ステートアパートメントのグレートホール

ステートアパートメントの階段

ジェームズ1世が滞在した部屋

外庭から見るステートアパートメント棟

ステートアパートメントから見る、内庭。

ステートアパートメントに続くキッチンなどがあったサービス棟は、屋根が落ちてしまっています。

廃墟になってしまったハウス、右側に暖炉跡がある

ガーデンから見るハウス

ハウスを見学している間、すれ違ったのは、2人程でした。静かな廃墟の中で、エリザベス時代を想像。エリザベス1世に、なんとかしてここへ来てほしかったクリストファー・ハットン(後述、ダリアのインサイト参照)。カービーホールには、クリストファーの焦りともいえる気持ちが、そこはかとなく、漂っているようにも感じられました。
✴ダリアのインサイト
カービーホールは、1566年からハンフリー・スタッフォードが、ノーザンプトンシャーの地方官に任命されたことをきっかけに、地位に見合う家を、ということで建てました。そののち、1575年に建設半ばの状態で、クリストファー・ハットン卿(1540-91)が購入します。
クリストファーは、エリザベス1世の宮廷で、まさにライジング・スター。すらりと長身で足が長く、さらに甘いマスクを持ち合わせ、女性に優しいクリストファーは、エリザベス1世が若い頃から目をかけていた1人でした。
クリストファーの強みは、なんといってもダンスの上手さ。リズム感がよく、軽やかに女性をエスコートする姿は、ダンスの場では、いつも女性たちの注目の的でした。ダンス好きのエリザベス一世がほっておくわけもなく、クリストファーは、枢密院のメンバーに引き立てられます。セシル(国王秘書長官)は、いい顔をしませんでしたが、クリストファーは野心的であるものの、行動が単純で戦略家でないので、「問題はないだろう」ということで、枢密院の名ばかりのメンバーになりました。
エリザベス1世は、クリストファーとダンスで盛り上がると、上機嫌。はずみで、国家への忠誠の証である勲章の最高位、「ガーター勲章」をクリストファーに与えます。枢密院のメンバーとなり、ガーター勲章位まで与えられたクリストファーは、舞い上がり、「我が館に、女王が来てくれるに違いない!」と思い込み、カービーを購入します。
クリストファーは、ホルデンビーにもっと大規模なハウスをすでに所有していましたが、クリストファーから見ると、ホルデンビーは、“オールドファッション”、若い女王を招くにはふさわしくない・・・もっと今風の最新のデザインで、小規模なおしゃれな館に、エリザベスを招こう!と意気込んだのでした。
大きく豪華ということなら、近くにセシルがすでに、豪壮華麗なバーリーハウスを建てており、それと同じテイストでは、エリザベスを招けないと思いました。(バーリーハウスも、エリザベスを招くために建てられましたが、結局、エリザベス1世は訪問していません。)
「予算は、いくらかかってもいいから!」を口癖に、クリストファーは、当時の最新の様式でカービーの建設をすすめます。アングロ・フレンチスタイルにこだわり、他のハウスには見られない高く立ち上げたゲート、太陽光をふんだんにとりこむ円柱型ステートアパートメント。そのスタイルは、斬新で、クリストファーを満足させるものでした。
・・・しかし、クリストファーの心を尽くした、けれども単調なエリザベスへのアプローチは、ことごとく失敗に終わり、残念ながらエリザベスがカービーを訪問することは、ありませんでした。
あとに残ったのは、莫大な借金。クリストファーの子孫は、その借金を返済するために、
本宅であるホルデンビーを売却するほか術がありませんでした。カービーは、その後1930年までクリストファーの子孫一族が所有していましたが、1930年にデベロッパーへ売却され、今はイングリッシュ・ヘリテッジが管理しています。
カービーは、これまで火事や、襲撃による破壊は一度もなく、クリストファーが思い入れをもって造られた芸術的な建造が、そのまま残る美しい廃墟となっています。

参考資料:「Kirby Hall」English Heritage