
ヒストリックハウス名: ウトゥン・ハウス
所在地域:サリー (Surrey)
訪問:2025年5月24日
ジョン・イヴリン(以下イヴリン)が約300年前に住んだウトゥン・ハウス(以下 ウトゥン)は、現在ホテルになっています。


イヴリンが開発した庭園は、森へ向かう丘に階段状に造られています。階段状に造られた高低差のある庭園では、階段の昇降によって邸宅の見え方が変わるのが楽しいところです。泊まった部屋からは庭園を一望でき、夕暮れ時のウェディング撮影も見ることができました。幸せそうな2人が笑顔でいろんなポーズをとるのを見ると、こちらも幸せな気持ちに。




景色は良かったのですが、泊まった部屋はバーの真上に位置し、夜中、ウェデイング・パーティの騒音に閉口しました。
Crabtree & Evelyn (クラブツリー&イヴリン)という植物成分をメインにした香水やバスグッズを扱うブランドがありますが、クラブツリーはリンゴの原種名でイヴリンは、今回の主役のイヴリンに因んでいるとのことです。
John Evelyn (1620-1706)、ジョン・イヴリン
日記作家、王立協会(Royal Society) の設立メンバー、造園関連本の著者、造園家として知られるイヴリンですが、大気汚染の解決策としての植樹を推進する著作を、おそらく世界で初めて発行した環境問題の先駆者でした。
1640年代イギリスの内戦中、パリに住んでいたイヴリンは在パリ駐英大使の娘メアリー・ブラウン (Mary Browne, 1632-1709) と1647年に結婚しました。1652年にイギリスに戻ると、イヴリンは義父の財政難解決の一助としてテムズ川沿にあるセイズ・コート(Sayes Court )を買取り、庭園の開発を新たに始めました。
イヴリンは、1660年に自然科学の社会への活用を目指し王立協会 ( Royal Society ) を設立。翌年、イヴリンは世界初の大気汚染に関する専門書と言われている『フミフギウム』(Fumifugium, 1661) をチャールズ2世に提出。この著作はロンドンの大気汚染を問題とし、植樹を増やすことでロンドンの空気を改善できると提案しました。
セイズ・コートの庭園開発に取り組むかたわら、イヴリンは造園関連の本も執筆しました。『エリジウム・ブリタニカム』(Elysium Britannicum, 1700) は1,000ページを超える著作で、庭師の毎月のメイン・タスクが書かれています。
続く 著作『シルヴァ』(Sylva, 1662) ではイングランドの森林はガラス工場や鉄作業所の増加により減少しているが、減少を補う植林はされていないことに警鐘を鳴らしました。そして森林と材木の重要性について述べ、地主達に植林を勧めました。『シルヴァ』は14版まで重版され、この著作の影響で多くの地主が植林を実施しイングランドの森林が増えたとされます。
CO2排出のメカニズムなど、まだ解明されていない時代でしたが、大気と森林の関連に目を向け、人々に植樹の意識を目覚めさせたイヴリンは環境問題の先駆者といえるでしょう。
1694年、嫡子を残さず兄が死亡し、74歳のイヴリンはウトゥンに戻り森林、庭園開発に取り組みました。
そしてその庭園は今もホテルのゲストを楽しませています。



参考:Britannica, ‘John Evelyn’, https://www.britannica.com/biography/John-Evelyn
