✴ハウスの概要✴

ヒストリックハウス名:Balmoral  (バルモラル)

所在地域:スコットランド、アバディーンシャー

ヴィクトリア女王がこよなく好んだハイランドの別邸。現在に至って王室の別邸で、エリザベス女王夫妻も夏季休暇を過ごします。

ヴィクトリア女王とプリンス・アルバート(ヴィクトリア女王の夫)は、結婚以来、ウィンザー城で主に過ごしていました。1842年に初めてハイランドを訪れ、その後も何度も訪れるうちにハイランドの自然環境や、その距離の遠さ(当時、まだ鉄道はハイランドまで開通しておらず、ロンドンから船で移動)ゆえにあらゆる世事から距離をおける点に、魅了されていきます。別荘としてワイト島にオズボーンハウスを所有し頻繁に訪れていたものの、この物理的、精神的な開放感はハイランド特有なものでした。そして借用していたバルモラルを1852年に購入するに至ります。余談として1852年に、ジョン・カムデン・ニールドという富裕だが質素な暮らしを好んだ人物が、女王と特段の面識もなかったようですが、女王に全財産の25万ポンドを遺贈します。女王はこの中から3万ポンドをバルモラルの購入に充てています。

バルモラルを女王が購入したあと、王室一家が旧建物に滞在しつつ、新城の建築がはじまります。アバディーンの建築家をアルバートが起用してはいますが、主にアルバートのプランのもと建てられました。建物の全景をみると、まるで童話の中にでてくるお城のような印象です。その印象を生み出しているのは「スコティッシュ・バロニアル様式」で、小塔、階段状の切妻、銃眼のある塔が特徴です。アルバートの故郷であるドイツの建築様式とイングランド様式が組み合わさっています。新建物の工事が開始されるときには、女王が礎石をおきました。その礎石には、ヴィクトリア女王のVとアルバートのAを組み合わせた組み文字と1853(工事開始の年)が刻印されています。

このVとAの組み文字はハイドパークのアルバートがヴィクトリアに贈ったイタリアンガーデンの装飾石にもアクセントとして彫られています。ヴィクトリア女王とアルバートは、深い愛情と信頼で結ばれていて、時々大ゲンカをすることがあっても、その揺るぎない関係は終生変わることはありませんでした。ヴィクトリア女王は相手への愛情や感情をさまざまな形で、具現化することに強いこだわりがあり、このV&Aの組み文字は、二人の愛情や信頼関係を象徴しているものです。この礎石の下には、ヴィクトリア女王が日付を記入し署名した羊皮紙と、その時代のコイン全てをいれたボトルが埋められています。

1855年に新城が完成し、入居したときには、地元の人々を招いての大宴会が催され、スコットランドの踊り・リールやバグパイプの演奏、ウィスキーで泥酔する大勢の人達で大変な騒ぎとなったようです。

そののち、女王一家はバルモラルで充実した時を過ごしましたが、1861年にアルバートが42歳の若さで亡くなり、絶望の淵においこまれたヴィクトリア女王はバルモラルに引きこもりました。“スコットランドは真の意味で隔絶した環境を与えてくれる”という言葉が残されています。バルモラルを愛する女王は1868年には「ハイランド日記抄」というバルモラルの生活を綴った本を自ら出版し、なんと3か月で10万部のベストセラーになりました。しかし、日常の風景をあまりに無防備に描写しているこの本は、家族や側近たちには、ありがたくなかったようです。

このようにヴィクトリア女王がこよなく愛したバルモラルですが、閣僚や王室に仕える人々には不評でした。常に閣僚がひとり随行する決まりになっていましたが、冬も夏も建物内は寒く、ビリヤード台のクッションが凍っていたという証言もあります。ヴィクトリア女王は新鮮な空気を好み、窓を常に開け放ち、寒さをものともせず、むしろ寒さが快適だったようです。部屋も手狭で快適には程遠く、また狭いことからいつも女王に監視されているような閉塞感に人々は悩まされていたようです。馬車ででかけるときは、常にオープンタイプの馬車で、付き添いの女官たちは寒くてたまらなかったとのことです。

私が訪れたのは7月中旬でしたが、その空気の清涼さは、生まれてはじめて感じるものでした。他の緯度の高い地域、例えば北海道や北米のシカゴ近郊、北ドイツなどとは違う、ハイランド独特の清涼な空気で、思わず大きく深呼吸してしまう。言葉で表現するのは難しいのですが、太古の昔からそのままあるような原生な空気・・・というような感じがしました。

現ロイヤルファミリーも使われていることからか、建物内で見学できるのは、グレートホール一箇所のみでした。グレートホールといっても、他宮殿と比べるとはるかに小規模で、すぐに見終わってしまいました。インテリアは質素素朴、展示物もほとんど無く、見学は主に建物周りのガーデンとなります。Conservatoryから望む城の全景をみていると、時間を忘れてしまいます。私が訪れたときはオーディオガイドがあり、オーディオガイドのマップに沿って見学しました。バルモラルは建物を見るというより、敷地の中でハイランドの雰囲気、空気感に自分を浸すという時間でした。

バルモラルは5万エーカーに及ぶ広大な敷地です。バルモラル城を含んで、ひとつの村のようなイメージです。バルモラルの中で林業や農業を営む人々が、コミュニティを形成して生活しています。ランドローバーで敷地内の広範囲を回るプライベートツアーもあるようでした。ヴィクトリア女王がピクニックにでかけた、現エリザベス女王が乗馬やドライブにでかける、エディンバラ公がハンティングにでかける、そのようなバルモラルの醍醐味が味わえる場所が見られるかもしれません。

✴ヴィクトリア女王のある日の独り言✴

1855年のある日

バルモラルの工事はまだ終わっていないが、アルバートの多大な努力と采配により、今日、入居することができた。窓を開けるとハイランドの新鮮で冷たい空気が、たっぷりと流れ込むこの部屋はなんと快適なことでしょう!まるで生き返るようです。この空気の中で暮らせる幸せと喜びは、これまでの人生の喜びとはまた違う種類のものです。

夕方から、おひろめの祝宴に村人達を招きました。人々の陽気なことといったら!シャーロット(女官)は、泥酔して踊る村人たちに馴染めないようですが、彼らのリール(踊り)をまだ正しく解釈できていないのかもしれません。彼女もここで過ごすうちに、リールがどれだけ気持ちを高揚させるかを学ぶことでしょう。イングランドのとりすました舞踏会とはわけが違います。

祝宴中、アルバートは、仕留めてきた鹿を皆に見せていましたが、あまりよい趣味とは思えません。アルバートの狩猟への熱意が、少し冷めてくれるとよいのですが。狩猟を趣味で行うということが、どうも私は好きになれません。

アルバートと出会い結婚したことは、至上の幸せで、いまの私はアルバート無しでは考えられません。アルバートは花の名前や木材や農業化学のこともよく知っていて・・・、これからこのバルモラルの土地も一層、豊かで美しく実りあるものとなるでしょう。ああ、アルバート、あなたが作曲した曲を、あなたがオルガンで弾くときに、私がどれだけ満ち足りた気持になることか、その幸せはあなたの想像をはるかに超えているのです。

それにしても、バルモラルにいると、自分を生きているという実感があります。ここでは使用人や村人とも自由に話すことができて、彼らの豊かな感情表現や、隠すことのない独立心、飾り気のない好意を感じることができます。形式や作法ばかりにこだわるイングランドの人たちと違って、ここにはより“人間らしさ”があり、ずっと心地よく、私自身もより素直な気持ちで、心を開いて過ごすことができるのです。

明日のピクニックですが、なにをもっていくのかをよく考えなければなりません。前回 でかけたときは、テーブルにかけるクロスの色がひざ掛けの色とあっていませんでした。クロスがパープルならひざ掛けのタータンもそれに合わせるべきです。またひざ掛けのタータンに合わせて女官の服も無地にしたほうがよいでしょう。

※歴史的史実をベースに創作したフィクションです。

参考資料:「Balmoral Highland Estate」Balmoral Castle and Estate、「イギリスの城郭・宮殿・邸宅・歴史図鑑」原書房、「ヴィクトリア女王の王室」原書房